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【はじめに】
子午治療は奇経、刺絡とともに本治法の補助療法、救急法として用いられている。
子午治療の特徴は、遠隔部の刺鍼が患部の比較的広い範囲に短時間で影響を与えられることにある。敏感な患者になると患部のみならず、全身に影響を及ぼし、時には対象となる経絡の流注に従い暖かみ等の快感を覚えることもある。
遠隔部に行なう一本の鍼で症状の緩解が自覚され、患者は鍼治療の不思議と且つその高い治療効果を認識して、信頼感を深めることとなる。
患者はもちろん、多くの鍼灸家にとって患部に直接治療を施すことは当然のことと考えられているが、子午治療をすることにより、患部に直接刺鍼しなくても症状が取れるということが身をもって体験できる。
【1.子午治療の基本論】
子午治療の基本は運気論にあり、天地自然界はすべて五運六気の運行によって支配されているとしている。
五運とは木火土金水であり、六気は風熱湿燥寒火を言い、更に五運は兄と弟の剛柔に分かれ、甲乙丙丁戊己庚辛壬癸の十干となり、六気は陰陽に分かれて、子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二支となり、六十年でその運行が一周する(還暦)と考えられている。
甲(きのえ)というのは木運大過、即ち木の性質が強くなること、また乙(きのと)は木運不及、つまり木の性質が弱まるということである。
これは六十年という長いサイクルであるが、一年の春夏秋冬、或いは一日の朝昼午夕夜においてもこの五運六気の運行に影響されている。例えば季節でいうと春は肝、夏は心、土用は脾、秋は肺、そして冬は腎が旺気するとされている。
古代中国では自然界はもとより小天地である人体もこの影響を強く受け、日常生活から農業、漁業、はては商業から兵法に至るまで広く取り入れられ、医学においてもこの理論を応用した治療法が行なわれた。これを子午運気の治療法、即ち子午治療という。
子午の子は子の刻と言い、夜中の十二時に当たる。また午は午の刻で昼の十二時になり、この子午をもって十二支の代表とした。
十二経絡は時間的な過不及を生じ、これを経絡時といい、それぞれの時間に該当する経絡が旺気する。
肺は寅の刻、午前四時を中心にその前後一時間で三時〜五時、以下同様に大腸は卯の刻、五時〜七時、胃は辰の刻、七時〜九時、脾は巳の刻、九時〜十一時、心は午の刻、十一時〜午後一時、小腸は未の刻、一時〜三時、膀胱は申の刻、三時〜五時、腎は酉の刻、五時〜七時、心包は戌の刻、七時〜九時、三焦は亥の刻、九時〜十一時、胆は子の刻、十一時〜午前一時、肝は丑の刻、午前二時を中心に一時〜三時となる。
これを更に午前と午後で組み合わせると、胆‐心、肝‐小腸、肺‐膀胱、大腸‐腎、胃‐心包、脾‐三焦の六グループになる。
これらは互いに影響し合って人体の営み、特にその病的反応に微妙な影響を与えるので、これを応用して子午の治療法が考案された。子午治療はまたの名を経絡時調整法ともいう。
これを臨床に応用するために次のようにして暗誦するとよい。 「胆心が肝小して肺膀大腎の胃心包が脾三した。」と。
【2.子午治療の実際】
用鍼は主として金の30番鍼である。子午治療は時間帯を合わせて、即ちそれぞれの旺気時に行なうのが最も効果的であるが、臨床上、時間の都合で中々そうは行かない。時間が合えば細い鍼でも効くが、そうでない時は、太鍼を使わないと実しないし影響を及ぼさない。特に金鍼は一番反応を強く現わすので、金の30番鍼が良いということになる。
取穴は圧痛点を目標にしているが、それに囚われず触覚所見で決めたほうがよい。「ここは痛いですか」などと患者に聞くのは鍼灸師としての主体性に欠けると思われる。
選穴は絡穴を用いるのが原則であるが、希に原穴を使うこともある。また補った後、症状が残っている場合、病経の絡穴或いはげき穴を瀉すこともある。
救急法としては本治法の前に行なうこともあるが、本治法により気の巡りがよくなり、生命力が高まったところで行なう方がより効果的である。
手技は取穴をしたら押手は軽く構える。鍼は経に従い、竜頭と鍼体の間を極めて軽く持ち、初めは鍼を寝かせ、鍼尖より2〜3ミリ上の所が当たるよう静かに置く。それから徐に鍼を引き、穴所に鍼尖を当て、30度位の角度に立てるようにする。痛みに敏感な人にはそのままの角度で行なう。その後、鍼尖に心持ち重みをかける。刺手は指腹を用いること。この時、痛みを与えぬよう注意する。即ち鍼を刺そうとしないことである。
敏感な者や子供では鍼尖を皮膚面に接触させないで1〜2ミリ離して行なう場合もある。
子午治療のポイントは常に気の動きを窺うことにある。鍼尖を接触させた時からそこに気を集中する。即ち鍼尖の状態、鍼尖が硬いとか軟らかい或いは少し押すと空虚な感じがする等を捕えるように心がけることである。
鍼を当てると空虚な感じがする時は心持ち鍼を進める。そうすると気が動き、それに従い密となり、締まった感じになってくる。また抵抗を感じ、それが緩んだ後に実状態になる者もいる。気の巡りの遅い者には右にゆっくり捻るとよい。
限度に近づくと、気の動きが緩やかになり、刺し手と押し手が共に充実した感じになる。ここで飽和状態に達したとみて抜鍼する。この時、左右圧は軽くかけて、スーッと抜く。補法の時の様に素早く抜くと気が漏れたり、痛みを与えたりすることがあるので抜鍼の際は注意が必要である。
自覚症のある患者には刺鍼前にその状態を確認させておく。刺鍼中に気の動きに伴い症状が軽減するので、その旨を伝え認識させるとよい。また動作痛のある時はその運動を静かに行なわせるとよい。動かすことで気の巡りが一層よくなり、何回か動かしているうちに軽減してくるので、治療効果がはっきりと判る。
また、気の動きに伴い脉状が変化するので、その手技の適否を確認することができる。そのため脉状観察は技術修錬に役立つ。
子午治療は患部に直接刺鍼するよりはるかに広い範囲に影響を与えられる。例えば患部の緊張を緩める等は著明である。また治療効果の持続時間も比較的長い。
子午治療を行なう上で留意することは、本治法と異なり押手の気をあまり入れないことである。左右圧をかけすぎると、痛みを与えることがあるので、左右圧は軽くかけ、刺手の気を中心に入れるということである。
子午治療は補法ではあるが、実際は補うよりも気を巡らす気持ちで行なった方がよいように思う。
子午治療の適応症は、主として急性で実症状を呈し、それが特定の経絡に、つまり流注上に集中していて、また対称点となる経穴に著明な反応がある等、条件が整っている時には驚くほどの効果がある。慢性症の場合でもある程度の効果は得られる。また、症状が深部にあるときは刺鍼の深さもそれに応じてやや深めの方が効果があるように思える。
首から上の症状では必ずしも反対側の絡穴を使うとは限らない。同側になることもあるので、左右の絡穴を比較する方がよい。これは経絡が交叉している場合があるからだと思われる。
【3.絡穴、郄穴一覧】
肝経‐蠡溝、中都・小腸経‐支正、養老 胆経‐光明、外丘・心経‐通里、陰郄 肺経‐列欠、孔最・膀胱経‐飛陽、金門
大腸経‐偏歴、温溜・腎経‐大鐘、水泉 胃経‐豊隆、梁丘・心包経‐内関、郄門 脾経‐公孫、地機・三焦経‐外関、会宗
【4.具体例】
1.頭重痛
後頚部から後頭部、頭頂部は膀胱経とみて肺経の絡穴・列欠。また側頭痛は胆経とみて心経の通里、これも膀胱経とみた方がいい場合もある。前頭部は膀胱、胆経が通っているが胃経とみて心包経の内関。また頭全体が重いときは膀胱経とみる。患側がはっきりしない場合、膀胱経の経路上、例えば天柱等の凝り所見の強い方か、或いは絡穴の左右を比べ反応を見て取穴する。
2.眼
ものもらい、目が重い、かすむ、涙が出る、乾く、飛蚊症、結膜炎、まぶたが重い等、胃経とみて心包経の内関。目の奥の痛みは肝経とみて小腸経の支正。
3.鼻 軽い鼻つまり、鼻水、大腸経とみて大鐘。 4.耳 耳塞がり、腎経とみて偏歴。 5.顔面部
頬周辺は胃経とみて内関。口の周囲と顎は大腸経とみて大鐘。主に痛み、麻痺、湿疹等。 6.頚部
後頚部は任脈も通っているが膀胱経とみて列欠。側頚部は三焦、小腸経も通っているが胆経とみて通里。前頚部は大腸経も通っているが、胃経とみて内関。主に痛み、突っ張り感等。
7.喉の異常 痛み、いがらっぽい、渇く感じ、詰まる、痰が絡み切れない等。大腸経とみて大鐘。
原因は喉の奥の粘膜が乾いているためで、降圧剤とか安定剤が関与していることもある。 左右を判断するには大鐘の反応を比較するとよい。
8.寝違い 痛む部位や首の動作痛の状態にもよるが、多くは小腸経とみて蠡溝、次いで膀胱経とみて列欠。 9.肋間神経痛
痛む部位にもよるが多くは胆経とみて通里。 10.背腰部 急性の背筋痛、ギックリ腰、膀胱経とみて列欠。腰痛は奇経の方がよい。
11.五十肩
多くは肩ぐう付近を中心に痛み、腕を横に挙げると痛むのは大腸経とみて大鐘。次に多いのが肩甲間部、肩甲骨外縁の痛みや突っ張り、腕を後へ回した時の痛みで、これは小腸経とみて蠡溝。三角筋後部の痛み、髪をとかすような動作で痛むのは三焦経とみて公孫。また大胸筋外縁が緊張している場合、腕を前に挙げた時の痛みは肺経とみて飛陽。
尚、腕の動作痛は何れも三角筋の内部にあることが多いが、症状に応じて行なうとよい。 12.肘
俗にいうテニス肘、女性に多いが、曲池を中心に痛み、タオルを絞ることが出来ない。大腸経とみて大鐘、ひどくなると三焦経まで痛むことがあるがこれには公孫。
13.腱鞘炎 手関節付近の大腸経流注上に起こることが多い、大腸経とみて大鐘。その他はどの経かを診て行なう。
14.鼠径部と大腿内側の異常
つったり、痛んだり、重かったりして歩行の際十分に足を上げられないことがあるが、これは脾経とみて外関。また内転筋を痛めた場合は肝経とみて支正。
15.股関節の異常
若い女性、特に婦人科に問題のある者に多く、股関節の外転痛とか、外転が十分に出来ない。また幼児では走ると転びやすい。これらは大転子の周囲に緊張等があり、胆経とみて通里。
16.膝痛
変形性の膝関節症や水が溜まったとか或いは運動で痛めた時等、多くは膝蓋骨内上角より数センチ上にかけて異常があり、脾経とみて外関。次に多いのが犢鼻、膝眼の異常で胃経とみて内関。また膝窩の異常は膀胱経とみて列欠。
17.足関節捻挫
多くは丘墟を中心とした胆経で通里、次に解谿から足背にかけて胃経で内関となる。ひどいものでは商丘を中心に脾経が冒され、これには外関、その状態で無理をして歩きすぎるとアキレス腱の外側の膀胱経で列欠、次いで内側の腎経が冒される、これは偏歴。症状に応じて行なうとよい。
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